山部 赤人
(ヤマベノ・アカヒト)
山部赤人(やまべのあかひと、生没年不詳)は、奈良時代初期の歌人。三十六歌仙の一人。後世、柿本人麻呂とともに歌聖と呼ばれ称えられている。『古今和歌集』『小倉百人一首』では山邊赤人と表記する。
その経歴はあまり定かではないが、下級官人であり、聖武天皇朝の宮廷歌人だったと思われる。作られた和歌から諸国を旅したことが推測される。また、同時代の歌人には山上憶良や大伴旅人がいる。
万葉集には長歌13首、短歌36首が掲載されている。自然の美しさや清さを詠んだ叙景歌がすぐれている。
小倉百人一首にのっている歌は「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」。これは改作してあり、実際は「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ(ぞ)富士の高嶺に雪は降りける」。
(Wikipediaから自動的に取得しているため、本人と異なる情報が表示される場合があります。)
その経歴はあまり定かではないが、下級官人であり、聖武天皇朝の宮廷歌人だったと思われる。作られた和歌から諸国を旅したことが推測される。また、同時代の歌人には山上憶良や大伴旅人がいる。
万葉集には長歌13首、短歌36首が掲載されている。自然の美しさや清さを詠んだ叙景歌がすぐれている。
小倉百人一首にのっている歌は「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」。これは改作してあり、実際は「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ(ぞ)富士の高嶺に雪は降りける」。
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