徳富 蘇峰

(トクトミ・ソホウ)
肥後国水俣市 水俣の郷士徳富一敬の長男として生れた。
熊本洋学校に学び、洋学校閉鎖後は京都の同志社英学校に移ったが、不満を持ち退学。しかし、校長新島襄への敬愛は変わらなかった。1881年に帰郷して大江義塾を創設するとともに地方新聞に執筆寄稿した。
1885年「第19世紀日本の青年及其教育」、1886年「将来之日本」で文壇デビュー。上京して民友社を結成し平民主義を主張する月刊誌『国民之友』を主宰した。1888-1889年には大同団結運動支援の論陣を張った。また1890年には『国民新聞』を発刊。
日清戦争後の三国干渉に衝撃を受け、平民主義から転じ、国家主義の側面を強く出すようになった。1897年に松方内閣の内務省参事官になるなどして、反政府の立場からの変節を非難され、1898年に『国民之友』は廃刊となる。
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