菅江 真澄

(スガエ・マスミ)
菅江真澄(すがえますみ、宝暦4年(1754年) - 文政12年7月19日 (旧暦) 7月19日(1829年8月18日))は、江戸時代後期の旅行家、博物学者。生まれは、三河国渥美郡、現豊橋市と伝えられる。本名は白井秀雄、幼名は英二といった。
元々は、国学と本草学を学んだというが、どこで誰について学んだのかは定かではない。各地をしばしば巡って紀行を執筆。一説には、これにはスポンサーがあり、彼が書いたものを本にして出していたともいう。1783年故郷を出奔。刃傷などやましい事があったのではとも推測されるが、その理由は不明。
故郷を離れてからも、郷里の知人に音信を知らせたりしているので、余程の事件があったものとは思えない。いずれにせよ、以来、信州、東北地方 東北から蝦夷地にいたる長い旅を重ねる。
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