大伴 旅人

(オオトモノ・タビト)
大伴旅人(おおとも の たびと、665年 - 天平3年(731年))は奈良時代初期の政治家、歌人。父は大伴安麻呂、母は巨勢郎女。息子に大伴家持がいる。同じく有名な万葉歌人の大伴坂上郎女は異母妹。
718年(養老2年)に中納言に任じられる。720年(養老4年)山背摂官となり、その後征隼人持節大将軍として隼人の乱を鎮圧した。神亀年間(724年-729年)には、大宰帥として九州の大宰府に赴任し、山上憶良とともに筑紫歌壇を形成した。730年(天平2年)大納言に任じられ京に戻り、翌731年(天平3年)正二位に昇進するが、まもなく病を得て没した。政治的には長屋王派と言われている。
漢詩集「懐風藻」に漢詩が収められ、「万葉集」にも和歌78首選出されているが、和歌の多くは大宰帥以後のものである。
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