三笠宮崇仁

(ミカサノミヤ・タカヒト)
『三笠宮崇仁親王』より : 三笠宮 崇仁親王(みかさのみや たかひとしんのう 、1915年(大正4年)12月2日 - )は、大正、昭和、平成期の日本の皇族。大正天皇と貞明皇后の第四皇子。昭和天皇の弟であり、明仁 今上天皇の叔父にあたる。宮号は三笠宮。三笠宮の宮号は、1935年(昭和10年)12月2日に親王が成年式を行った際に賜ったもので、奈良市の三笠山にちなんで命名された。印は若杉。
皇位継承順序第5位(皇室典範)。内閣告示や宮内庁告示等の表記では、皇族に宮号が冠されることはなく(「皇太子」を除く)、それらの告示が掲載される官報では、「崇仁親王」と表記される。一方、同じ政府による表記でも、国民一般向けのホームページなどでは、宮号を用いて表記される。皇室典範に定める敬称は殿下。
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