井筒 俊彦
(イヅツ・トシヒコ)
井筒 俊彦(いづつ としひこ、1914年5月4日 - 1993年)は、言語学者、イスラーム学者、東洋思想研究者、形而上学者。ギリシャ思想、ギリシャ神秘主義と言語学の研究に取り組み、ギリシャ語、アラビア語、ヘブライ語、ロシア語など20ヶ国語を習得・研究した。
株式会社井筒ポマードの創業者一族に生まれる。父は書家で、在家の禅修行者。座禅や公案に親しんで育つ。
旧制青山学院中学で初めてキリスト教に触れる。当初はキリスト教に激しい嫌悪感を抱き、礼拝の最中に嘔吐したこともある。このころ、西脇順三郎のシュルレアリスム文学理論に傾倒。
当初から文学部志望だったが父の反対を受け、1931年4月、慶應義塾大学経済学部予科に入学。同級に加藤守雄や池田弥三郎がいた。しかし経済学の講義に興味なく、西脇順三郎教授を慕って、1934年4月、文学部英文科に転じる。在学中、旧約聖書に関心を持ち、神田の夜学で小辻節三からヘブライ語を習う。さらに、夜学の先輩関根正雄と意気投合し、アラビア語の教科書をドイツから取り寄せて、関根と共にアラビア語を学ぶ。同時にロシア語や古典ギリシア語・ラテン語も学習。一度に10ヶ国語を学んだ。ただし「新しい外国語を一つ習得する時は、その国の大使館のスタッフを自宅に下宿させた」という有名な伝説は自ら否定している(「三田文学」1988年11月1日掲載の安岡章太郎との対談「思想と芸術」)。1937年に卒業後、ただちに慶應義塾大学文学部の助手となる。
(Wikipediaから自動的に取得しているため、本人と異なる情報が表示される場合があります。)
株式会社井筒ポマードの創業者一族に生まれる。父は書家で、在家の禅修行者。座禅や公案に親しんで育つ。
旧制青山学院中学で初めてキリスト教に触れる。当初はキリスト教に激しい嫌悪感を抱き、礼拝の最中に嘔吐したこともある。このころ、西脇順三郎のシュルレアリスム文学理論に傾倒。
当初から文学部志望だったが父の反対を受け、1931年4月、慶應義塾大学経済学部予科に入学。同級に加藤守雄や池田弥三郎がいた。しかし経済学の講義に興味なく、西脇順三郎教授を慕って、1934年4月、文学部英文科に転じる。在学中、旧約聖書に関心を持ち、神田の夜学で小辻節三からヘブライ語を習う。さらに、夜学の先輩関根正雄と意気投合し、アラビア語の教科書をドイツから取り寄せて、関根と共にアラビア語を学ぶ。同時にロシア語や古典ギリシア語・ラテン語も学習。一度に10ヶ国語を学んだ。ただし「新しい外国語を一つ習得する時は、その国の大使館のスタッフを自宅に下宿させた」という有名な伝説は自ら否定している(「三田文学」1988年11月1日掲載の安岡章太郎との対談「思想と芸術」)。1937年に卒業後、ただちに慶應義塾大学文学部の助手となる。
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